クリスチャンホームに生まれて 
黒木鉄哉 no.1

   私は幼い頃から父と母がクリスチャンの家に育ちました。いわゆるクリスチャンホームの子供として育てられました。ですから自分自身が好むと好まざるとに関わらず、毎週日曜日、キリスト集会に連れていかれました。キリスト集会に行くことに対しては、幼い頃は嫌ではありませんでした。集会に行くと私と同様なクリスチャンホームの子供達がたくさんいて一緒に遊んで楽しく過ごせたからです。ところが中学生ぐらいになってくると、クリスチャンホームの子供達は、次々と信仰告白してバプテスマを受けていきました。私もクリスチャンの方々に「バプテスマを受ける決心がついたか?」と言われてましたが、いつも答えをはぐらかしてました。もちろん聖書の語る神が天地万物の創造主で唯一生ける誠の神であること、イエス様が神のひとり子で私達の罪の為に十字架に架かられた救い主であることは分かってました。しかし、私は「あなたが真実で、あなたのところに行けば天国に行けることも分かっています。でも、ちょっと待って下さい。大丈夫です。必ずあなたのもとに行きます。ですからもうしばらく待って下さい。」という思いがあったのです。なぜこのような思いがあったのでしょう。新約聖書のルカの福音書12章の4節、5節を見てみましょう。
 「そこで、わたしの友であるあなたがたに言います。からだを殺しても、あとはそれ
  以上何もできない人間たちを恐れてはいけません。恐れなければならない方を、
  あなたがたに教えてあげましょう。殺したあとで、ゲヘナに投げ込む権威を持って
  おられる方を恐れなさい。そうです。あなたがたに言います。
  この方を恐れなさい。」
 私自身、家庭でも集会の日曜学校でも、神様の愛についてはたくさん教えられてきました。しかし、その愛に甘えていたのでした。私には神に対する恐れが全くなかったのでした。もちろん、地獄やイエスの再臨は恐かったのですが、私はまだまだ若い、まだ死なない、再臨もまだないだろう、と思っていましたし、ましてや、自分は天国への行き方を知っている。だから、いざとなったら信じたらいいと思ってました。私自身、その時は、14、15、16、17歳、いわゆる青春時代で目に写るものすべてがワクワクするもので満ち溢れていて、友達と遊ぶことばかり考えてました。その当時、なぜかツッパリみたいな人たちが流行っていて、別にこれと言ってグレる理由もないのに皆、グレてました。不良っぽいのに憧れてました。これがカッコいいと思い、カッコばっかりつけてました。やがて、たばこを覚え、酒も覚え、夜な夜なフラフラするようになりました。
 先程、神に対する恐れがなかった、と言いましたが、私自身、この世にあって一番恐れるものは、父でした。父は非常に厳格で、曲がった事が嫌いで、怒ると眉間にシワを寄せて苦虫を噛み潰したような顔をして、すぐに思いっきり殴ってくるような人でした。家族の中でこの父に逆らう事など誰一人として出来ませんでした。