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僕は両親がクリスチャンである、クリスチャンホームの子供として生まれました。
兄弟は6人兄弟で、上に兄一人の次男です。
6人兄弟でも次男っていうのは今思えば一番楽な立場だったのかな?
上から小突かれても兄貴だけだし、下から責められるのは僕を通り越して、兄貴だったし。
う〜ん、楽でしたねぇ。
そして、小さいころから、それこそ母のお腹にいるころから集会に集わされてて、毎週日曜日の朝に日曜学校に行くのは当然?になってました。
(ちなみに地元は福岡県で、布施集会ではなく井尻集会という同じ諸集会にいました。)
小学校に入ってからはパン裂き集会にも出席させられるようになったのですが、その時の父の怖さといったら・・・たまらんやったです。
礼拝中にちょっと兄貴とじゃれててうるさくすると、こっちをにらんで、づかづかっと目の前に来て、がっと父の肩に担がれ、外に連れて行かれて、おしりを叩かれました。
泣きながら「ごめんなさいぃ〜〜〜」って言ったのをまだ覚えてます。
“礼拝中に静かにする”っていうことはその頃に言葉通り、“叩き込まれた”んでしょうねぇ。
ほんとに、今こそ温和になりましたが、この頃の父は怖かったです。
小学生の低学年まで家の門限は5時、就寝時間は10時。
いったん怒らせたら家具にパンチで穴を空けまくり・・・ってのは少しオーバーですが、ほんとに怖かったのを覚えてます。
自転車を買ってもらうのに嘆願書を書いたりしたのも、今では良い思い出です。
その代わり、母はすごく優しかったです。飴とムチ、我が家ははっきりしてました。
さてさてしかし、小学3年生ごろだったでしょうか?それぐらいから、だんだんと日曜学校に行きたくなくなってきたんです。
だって、せっかくの日曜日、その頃はまだ土曜日の学校は休みじゃなかったですから、日曜日にはゆっくり寝たいし、友達と遊びたいし。
もう、日曜学校に行きたくない、でもそれを言ったら父に怒られるから、日曜学校には行かざるをえない。
日曜学校に行ったら、礼拝にも出なくちゃいけない。
だから、ほんとに集会に行っても「早く帰りた〜い・・・」、その一心でした。
そしてまた、中学生になってからは「自分がクリスチャンだって言ったら友達がいなくなってしまうんじゃないか?」って無駄な心配をして余計に集会に行きたくなかったのを覚えてます。
でも、我が家では家庭で2つの事をしてて、この2つは嫌じゃなかったんです。
何故なら、終わった後にお菓子が出るから・・・・子供ですね。
一応、それを紹介しておきましょう。
一つは日曜日から金曜日の夜9時から、家族みんなで“祈り会”をしてました。
司会を子供たちが一週間ずつ交代で持ちまわり、それぞれが祈りのテーマを出し合って、一人一人が一言ずつお祈りする。
何回か自然消滅した時もありましたが、3度目か4度目くらいで定着したかな?と思います。
もう一つは土曜日の夜に7時頃から“家庭集会”をしていました。
初めに讃美歌を一曲、その後に聖書をみんなで輪読して、それから父がその箇所の話・質問をする。
父が不在の時には母が話してくれました。
そして、我が家のテーマソング、「主イエスとともに」を歌って、祈って、終了。
家庭集会を土曜日の夜にするか、日曜日の夜にするかというのは何回かふらふらした時もありましたが、最終的には土曜日の夜に定着したかな?と思います。
まぁ、一般に家庭集会といったら、どこかの家庭に兄弟姉妹が集まって集会を持つことを言うのですが、我が家の場合はほんとに家族だけの、それこそ“家族集会”でした。
兄弟が6人もいてたことに感謝!?
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