神様のすばらしさ

間もなく軽井沢に到着致します!のアナウンスに促されて多勢の人達と共にデッキの方に移動しました。列車はまもなく軽井沢の駅に到着しました。濡れたホ−ムに降り立った私は足元に気をとられながらゆっくり、ゆっくりと改札口の方へと向かいました。と、その時3人連の人から「いや!荒井兄、同じ列車だったんだね、寒いけど大丈夫?」と声を掛けられました。その時の驚き、集会の3姉妹でしたが遠い処を旅して来た人達との偶然の出会いと言ったような感じでした。とにかく4人でタクシ-に乗ってキャンプ場へと向いました。

私が軽井沢のキャンプを訪れるのは3回目でしょうか、都会の喧騒から逃れ美しい軽井沢の自然の中で聖書を開き、聖書の学びを聞き、兄弟姉妹との交わり、何と幸いな事かと感ぜずにはいられません。キャンプは午前中と夜の2回学びがあり午後は自由の時間というスケジュ−ルでした。私達は学びの合間を利用して数人の方々と散歩に出かけました。雪の時は比較的安全でも凍りつくと転倒する危険がありますからと注意がありました。凍りついた危険な処を避けながら雑木林の中を軽井沢銀座といわれる商店街に向けて。”冬の軽井沢は観光客が少ない”正にそれは実感でした。しかし新雪をかぶった山(ゲレンデ)では多くのスキ-ヤ-達の動きを遠く眺める事が出来ました。

私達はタクシ−に乗って石の教会へと向かいました、石の教会には内村 鑑三に関する資料[自筆の手紙等、生涯の記録(生い立ちから晩年まで)]が展示されておりました。 新渡戸 稲造、新島 襄(同志社大学の創立者) らと共に郷土 群馬県が生んだ偉大な人物として紹介されておりました。その中に最愛の娘ルツ子さんの召天式に万歳を三唱したとの記事がありました。最愛の娘ルツ子さんを失い悲しみの場であるべき葬儀場(召天式)で娘の為に喜んでその門出を祝ったのです。天国へと彼女を送り出すにあたって万感の思いで万才を三唱したのではないでしょうか。後から行くからねとの、叫びを胸に秘めて!クリスチャンの死は悲しみの死ではなく、天国への門出なのです。この世の思い煩いから解放されて愛する主のみもとへ召される門出なのです。

それからタクシ−の運転手さんの勧めで白糸の滝へと向かいました。”この滝は人工滝ですが景色が良いので人気があるようですよ。特に冬場はね。”と。更に”この地区は水資源が豊富なのでこのような事もでき、年中水が枯れる事なく私たちの目を楽しませてくれるのです”と、自慢げに語っておりました。確かに”山の雪景色の何と美しい事よ”と、思わず感嘆せずにはおられませんでした。子ども達が大喜びで雪合戦に興じておる姿といい、大阪では見られない美しい光景でした。

「天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。昼は昼へ、話を伝え、夜は夜へ知識を示す。話もなく、ことばもなく、その声も聞かれない。しかし、その呼び声は全地に響き渡り、そのことばは、地の果てまで届いた。」(聖書)

“神樣の御業は何とすばらしい事よ、創造の御業を通して神の知恵と力と偉大さに新ためて驚かされました”と同時に、この様な者を礼拝者として、感謝と賛美をもって歩む者へと導いて下さった神様にただただ感謝です。