|
|
去る5月12日、愛する姉妹の召天記念式がありました。姉妹は昨年12月に腹痛を訴えられ奈良の病院に緊急入院、卵巣癌と診断されましたが、その病院には婦人科が無いという事で大阪の病院に転院され、そこで精密診断の結果膵臓ガン・腸閉塞との宣告を受けました。以来約5ヶ月間入院、闘病生活を余儀なくされました。膵臓は、臓器の中でも最も小さくガンになると発見しにくく厄介な代物と聞きました。加えて腸閉塞のため栄養物が補給されず、点滴によって補うという状態でした。その苦しみは大変なものであったでしょう。しかし持ち前の明るさで周りの者を笑いの中に入れ、見舞いに行っても、逆に励まされました。 姉妹は4月6日、病院から外泊許可が出て、入院後初めて礼拝に出席されました。それ以後毎回礼拝に出席され、持ち前の明るさで周りの者に信仰の励ましを与え続けて下さいました。集会では5月の4.5日キャンプを企画しておりましたので、(出席できたらなぁ、でも無理かなぁ)との思いが交錯しておりました。姉妹本人も当日朝まで決めかねておられたようですが、神様の導きにより、キャンプにて主にある幸いな交わりが与えられました。 7日水曜日の晩、学び会の終わり頃すぐに帰るようにという緊急電話が入り、兄弟が急ぎ帰路に就きました。私たち兄弟姉妹はただ御心のままに、この事を通して主の栄光が表されますように祈りました。 5月10日土曜日、その日は午後に婦人集会があり、姉妹の回復のために祈り会が始まりました。間もなく比較的に元気で会話をしているとの情報が入り、帰宅し始めたその時午後5時23分、「天に召されました」との知らせが入ったそうです。 12日夜偲ぶ集いが、13日に召天式が行われました。病院の副院長・担当医を始め看護婦さんたち、多くの方々も召天式に参列され、凱旋将軍のように召された姉妹を感動をもって見送られたことでしょう。ある時、担当医に「召天式には参加して頂けますでしょうか」と問われたとき、担当医は思わず「召天式って葬儀の事ですよね」と問い返したそうです。姉妹は後3ヶ月との癌告知を受けた時、動揺することなく残された3ヶ月をどう生きるか、何が出来るか、を考えておられたようです。病院でお世話になった関係者を初め、伝道集会に出席されていた方々に写真を添えてそれぞれにメッセ−ジを送っておられました。彼女は常に主のみ前に最後まで福音のために全力投球された方でした。 以上は彼女の生き様と、召天式に臨んで断片的ながら感じた事を記しました。 「私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です。」 「しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても圧倒的な勝利者となるのです。」 終わりの時にあたって、主に感謝しつつ残りの生涯を歩みたいです。 感謝 |