目標を目指して

 長瀬忠志さん(47歳)が南米縦断の旅に関空からが出発した旨の記事が報じられていました。それによると長瀬さんは、89年〜90年にかけて、リヤカーを引きながら約1万千キロの大陸横断を成功した「歩く冒険家」として紹介されていました。今回も南米大陸横断1万キロを、再びリヤカーを引いて実現しようと試みているそうです。計画では、ベネゼエラのカリブ海沿岸からスタートし、アマゾンを渡り、ボリビアでアンデス山脈を越えてチリを駆け抜け、約1年後に世界最南端の町ブエノスアイレス(アルゼンチン)にゴールする予定とのことです。十代の青年とは違い、冒険家の長瀬さんには妻子もあることです。家族の理解と支えがあってこそ実現可能なことですが、夢の実現に向かって進む生き方にはその人にとってすばらしいものがあります。

 ある登山家が言いました。山に登るのは、そこに山があるからだと。危険と困難を克服して登山に挑む姿は我々には理解しがたくても、この登山家や南米大陸横断1万キロの冒険家は、頂上を極めた爽快感・達成感を味わうためにこの冒険に挑むのかもしれません。そして、その一瞬の感激のためにあらゆる犠牲を払い危険を冒して邁進する、そこに人生の喜びを味わうのかもしれません。

 人は旅人です。
最近気づくのは、駅構内や電車内でリュックを背負った団体のお客さんの多いことです。ピッケルをリュックに差し、地図を手に互いに談笑しながら!ハイキングか、登山に行くのだろうと分かります。お年寄りが多く、中にリーダー格なのでしょうか若い人が混じっていて互いに楽しげに語り合っておられます。健康でありたい、人生をエンジョイしたい、その願望の表われでしょうか。今はそれなりに目的を果たす事のできる時代です。

しかし山登りにせよ、ハイキングにせよ、それなりの準備が必要です。地図やピッケルのような持ち物のほかに、特に登山家となると、気象の急変からくる山の恐ろしさを熟知していなければならず、それに対する準備、その時々における決断力や慎重さも要求されると聞きました。

 聖書は人生を旅だと語っています。それは単なる山登りではありません。私たちすべての者はこの世に生を受けて (出生) 以来、旅人として人生を歩んでいます。何の目的で?どこから?どこに向かって?聖書はこれらの問いに回答を与えてくれています。人間は目的のない偶然の産物ではないのです。

聖書こそ人生の道標(みちしるべ)。

これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。
               (ヘブル人への手紙11章13節)

愛する者たちよ。あなたがたにお勧めします。旅人であり寄留者であるあなたがたは、たましいに戦いをいどむ肉の欲を遠ざけなさい。
               (ペテロの手紙第一2章11節)


 私の人生は、振り返ってみると私なりに山あり谷ありの連続でした。思えば茨城県の片田舎から東京に出て来たのは終戦直前の時で、目に映るものは焼け野原の無残な姿でした。やがて終戦。『しかしこの先どのようになるのだろう、生活は?いくら考えてもどうにもならない、ケ、セラ、セラだ。』これは私の偽らざる思いでした。

私はここで半世紀前の過去の思い出に耽るのではありません。この時、正に一期一会といいますか人生の転機が訪れました。人生は出会いで始まると言いますが、キリストとの出会いがありました。その時、福音によって神様の存在を知らされ、十字架の死と復活というイエス・キリストの救いの御業を知らされ、信仰が与えられました。それは神様の導きでした。

なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。
               (ローマ人への手紙10章9節)

「彼(イエス・キリスト)に信頼するものは、失望させられることがない。」
               (ローマ人への手紙10章9節)

あなたはどこへ向かって歩いていますか。人生にやり直しはありません。失敗したと思っても、元に戻ることはできないのです。そうであれば、確かな目標に向かい、前進する必要があるのではないのでしょうか。聖書があなたに教えるゴ−ル、それは天の御国です。ではそのゴ−ルに向かうにはどのような歩み方をすればよいのでしょうか。

第一に、確かな地図を持つことです。天の御国への道順を示す地図は聖書です。聖書こそあなたを確かなゴ−ルへ導く神の書です。第二に、進む速度は徒歩でよいことです。決して急いで走らなくても良いのです。一歩一歩、確かなステップを踏むことが肝心です。その積み重ねがゴ−ルにつながります。第三に、神様に信頼すること(信仰)です。

あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。
               (詩篇119篇105節)

右にも左にもそれてはならない。あなたの足を悪から遠ざけよ。
               (箴言4章27節)

キリスト、イエスにある勝利の人生を共に歩もうではありませんか。