祈りに応えてくださる神
 11月ともなると秋深し、の感が有ります。暑くもなく寒くもなく秋冷の心地よい季節、まさに、スポーツの秋、芸術の秋、読書の秋、食欲の秋です。
 
 この夏、私は菅平と軽井沢に旅行をしました。毎年夏と冬に聖書の学び会が行われます。それに出席するのが目的でした。都会の喧騒から逃れ大自然の中で聖書を学び、親しい友との再会、交わりは楽しく有意義なものでした。
 
 軽井沢は避暑地なので涼しいのはあたり前ですが、今夏は異常気象で、涼しいというよりは、雨が多く寒い毎日でした。車での移動中のことですが、晴れたかと思うとガスが発生して、視界は悪くセンターライン以外は何も見えないという有様でした。「運転も大変ですね…」と声を掛けると「イヤー慣れていますから。山の気象は変化が激しいのですよ。」という返事が返ってきました。これが観光目的でしたら、楽しみも半減どころか台無し?大変だったろうなとつくづく思いました。
 
 私たちの人生にはこのように、晴れの日ばかりではない、雨も降る、霧が立ち込めるように行く手を遮られる様な場面にも遭遇することさえある、人生はままならないとつくづくと感じさせられます。 しかしそんな折でも朝な夕なに、眼前に広がる雄大なアルプスの連山を眺める時、創造者なる神様の偉大さ、力強さに圧倒されざるをえません。
 
 私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。私の助けは、天地を造られた主から来る。主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない。(詩篇121篇1−3節)
 
 天が地上はるかに高いように、御恵みは、主を恐れる者の上に大きい。東が西から遠く離れているように、私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される。
(詩篇103篇11−12節)

 
 さて私たちは11月の連休2日(日曜)—3日(祝日)を利用して生駒山麓公園ふれあいセンターに一泊二日の日程でキャンプを実施しました。福音集会終了後、それぞれ車に分乗して集会所を出発。目的地に着いたのは夕方でした。実は金曜の夜と土曜午後から二回、キャンプでの計5回の聖書の学び会が目的でした。
 今回の学びのテーマは「如何に祈るべきか」〜祈りによる神の祝福〜でした。
そこでは、「神様は生きておられる」、「神様は私たちの祈りを求めておられる」、「神様は私たちの祈りを聞いてくださる」、「イエス様の祈り (私たちのための祈り)」、「神様は私たちの祈りに応えてくださる」という真理を更に深く教えられました。
 
 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。(Tペテロの手紙2章2節)

 あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です。
 
 キリストは病人、悪霊につかれた者、取税人、罪人などをあわれみ、あわれみを求める彼らの声にこたえて、彼らをいやし、助けられました。そしてこのキリストのあわれみのきわみは、十字架の贖いの死において最も明らかに示されました。
 
 残された人生を、祈りに答えてくださる神様の愛と憐みの内に歩みたいです。

 一歩一歩頼りない足ですが信仰の高嶺を目指して……