旅立ち ー約束の地・天に向かってー

 昨年、毎日新聞の社会欄に、海洋冒険家、堀江謙一さん(65才)が来年10月に単独無寄港世界一周に挑戦すると掲載されておりました。それによると、前回は西回りで達成したので、今回は多少難所が多いが東回りのコースに挑む、とありました。「年齢的に多少不安はあるが航海を楽しみたい」と、その抱負を語っておられました。また今回、三浦雄一郎さんがネパール政府から勲章を贈られたと報道されていました。三浦さん親子、家族一同が世界の最高峰エベレスト登頂に成功したことなど、何と素晴らしいことかと感動いたしました。堀江さん、三浦さん共に環境に恵まれ、家族の理解があってのこととは思いますが、夢に向かって進んでいく、その姿に感心いたしました。 


旅立ち
   
 さて、人生は旅に例えることができます。旅には出発点があるように、人生にも始まりがあります。私にとって人生の始まり(旅立ち)はキリストとの出会いでした。それまで私は、人生について考えることなどは心の片隅にもありませんでした。しかし聖書に触れて、何かしら心が惹かれて、集会に出席するようになりました。しかしまだ興味本位でしかありませんでした。が、続けて集会に出席し、聖書に触れていくうちに、目的もなく空しい人生を歩んでいる自分自身を発見いたしました。そして旧約時代の信仰の父アブラハムの生涯を通して、人生の歩みについて教えられました。


約束を信じて(アブラハムの従順)
 アブラハムは、神様から「あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、私が示す地に行きなさい」との召しを受けたとき、神様を信頼して疑いませんでした。そしてどこに行くのかを知らないで、出て行きました。信仰の父アブラハムの生涯は、神に対して従順そのものでした。つまり神様の語りかけに素直に応じた時から、真の意味で人生が始まったのです。アブラハムは神様の約束を信じて、住み慣れた故郷を離れました。やがてアブラハムとその妻サラ、甥のロト、召使の一行は約束の地カナン入国を果たしました。


約束の地
 しかし、約束の地には偶像崇拝者たちが住み着き、彼らの文化、文明、国家を建設しておりました。さらにここでは足の踏み場となるだけの場さえ与えられなかったのです。それでも神様は、子どももなかったアブラハムに対して、彼とその子孫に対して、この地を財産として与えると約束されました。アブラハムは約束と現実の厳しさとのギャップの大きさに、ある疑念を抱いたかもしれません。しかし、信仰によってアブラハムは厳しい現実を常に味わいつつも、信仰の目は常に神に注がれていました。環境に支配されることなく、天幕生活をしながら神様を礼拝しました。

「信仰によって、彼は約束された地に他国人のようにして住み、同じ約束をともに相続するイサクやヤコブとともに天幕生活をしました。彼は、堅い基礎の上に建てられた都を待ち望んでいたからです。その都を設計し建設されたのは神です。」
                   (ヘブル人への手紙11章9-10節

彼は、堅い基礎の上に建てられた都を待ち望んでいたのです。


礼拝
 アブラハムは、自分のために現れてくださった神に祭壇を築いて礼拝しました。神様を礼拝する、これは人として最高の特権です。常に神様の導きに従い、巡礼者として神様を礼拝するために天幕生活をしました。アブラハムの目は常に全能の神様に注がれていました。彼は、堅い基礎の上に建てられた都を待ち望んでいたからです。申命記を見ますと、彼の生涯は120年でした。アブラハムは最後まで気力は衰えず、目もかすまなかったとあります。アブラハムは生涯神と共にあり、全力疾走し、信仰を貫き通しました。神様は生涯を通して彼を守り導いて下さいました。そして最後は神御自身が彼を手厚くモアブの地の谷に葬ってくださいました。このことは、私たちに多くの示唆を与えているのではないでしょうか。神様はある時アブラハムに対して全き者(完全)でありなさいと言われました。これは人格的と言いましょうか、人間としての完全さを要求しているのではありません。アブラハムといえども、決して完全ではありませんでした。人間としての弱さのゆえに、ある時は人を恐れて不信仰に陥りました。しかし、彼は神のみ前に忠実でした。自分の罪を認め、隠すことなく悔い改めて信仰の回復を祈りました。信仰の原点がここにあります。


新生
「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。」
                  (Uコリント人への手紙5章17-18節)

神様から遠ざかり、敵対して歩んでいた私に、神御自身が和解(救い)の手を差し伸べて下さいました。今、古い生活から脱却して新しい人生へと移されました。


目標を目指して
「キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っています。」
「この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。」
                  (ローマ人への手紙5章5節)

 パウロは異邦人への使徒として召され、生涯福音のために生き、殉教いたしました。希望は失望に終わることがない。これは純粋で、真実な神様の約束です。

私は弱く足りないものですが、天に目を注いで目標を目指して日々を歩んでいます。