予期せぬ出来事 

人生にはさまざまなことが起きる
 

 昨年12月22日、2005年の新年を迎えてのじっちゃんのページの準備をしていたところ、体調を崩して救急車で病院に運ばれました。診断の結果、房室ブロックということで、ペースメーカー埋め込み手術を受けました。昨年の秋以来、時々転倒するようになり、ある程度予感はしておったのですが、救急車に乗せられて入院ということは私にとって初めての経験でした。


知り得たこと

 僅かな入院生活でしたが、担当医の説明を聞きながら、人体の不思議というかメカニズムのすごさに驚きました。それによると心臓は一日に約十万回、24時間休むことなく拍動し続けているということでした。

 心臓は体に疲れを感じ休む時も、睡眠中も休むことなく働き続ける働き者だそうです。収縮を命令する「洞結節」と呼ばれる特殊な細胞の集まりと、洞結節からの命令を伝える電話線のような役割を担う刺激伝導系と呼ばれる仕組みを持っていて洞結節で出された指令は、心房、そして少し遅れて心室の順に伝わり、筋肉が電気的に興奮し、次いで機械的収縮を起こします。この繰り返しで、規則正しくリズムを刻み、血液を全身に送り出しているとのことでした。

 つまり房室ブロックという病気は指令センターからの命令を伝える電話線が切れてしまっている状態で、そのため心室は心房とは別に勝手にゆっくりしたリズムで収縮するようになり、脳や全身に血液が充分に行き渡らなくなり、意識を失ったり、時には生命にかかわる状態におちいることにもなるとのことでした。普段健康についてあまり考えたことのない自分も、入院生活を通じて健康の有難味を改めて知ることができました。

 「私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行ないに歩むように、その良い行ないをもあらかじめ備えてくださったのです。」(エペソ人への手紙2章10節)

 「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ書43章4節)


 体に疲れを感じ休む時も、睡眠中も休むことなく働き続ける心臓の働きのように、目には見えないが守り導いてくださる神様を知り得た幸いを感謝せずにはいれらません。

 目には見えねども わがそばにまして
 常に助けたもう主ぞ懐かしき
 ところを備えて我を待ちたもう
 きみにまみゆる日ぞ懐かしき

 目には見えねども み顔の光に
 常に守りたもう主ぞ懐かしき
 ところを備えて我を待ちたもう
 きみにまみゆる日ぞ懐かしき

 目には見えねども わが手をばとりて
 常に教えたもう主ぞ懐かしき
 ところを備えて我を待ちたもう
 きみにまみゆる日ぞ懐かしき

 目には見えねども わが行くべき道
 常に示したもう主ぞ懐かしき
 ところを備えて我を待ちたもう
 きみにまみゆる日ぞ懐かしき

 (聖歌595番「目には見えねども」)

 「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。信仰が試されると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。」(ヤコブの手紙1章2−3節)

 入院ということは試練という程のことはないにしても、私にとって予期せぬ出来事でした。人生にはさまざまな出来事に遭遇するものです。

 「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」(詩篇119編105節)

 聖書(みことば)は神様からのメッセージです。このみことばこそ足もとを照らす灯火であり、行く手を照らす光、確かな道しるべです。
 どうか、神を信じ、みことばに従って歩んで下さい。かつて私も人の手によって作られた偶像の神々を拝んできました。また進化論を唱えることが知識人だと錯覚していました。人間は、進化論が唱えるように偶然の産物ではないのです。神様によって神様の目的に従って造られました。私も残された人生を主に感謝しつつ主の証し人として歩みたいです。