主のうちに生かされて 

 
 月日のたつのは早いものですね、正月を迎えたと思ったら四月も終わろうとしています。 近くの公園は葉桜になり、つつじや、さつきも咲き始めました。 それにしても今年の冬、前半はこのまま一気に夏に移行するのかと思われる程暖かい日が続きました。 各スキー場も人口雪にて辛うじて営業いたしておったが、まったくの雪不足でやむなく閉鎖したとか… かと思うと、厳しい冬将軍に襲われて寒い、寒い、の連発。 とにかくいろいろなことがありました。


 4月は入学の月、就職の月、社会人として巣立っていくのもこの月でしたね。 希望に胸を膨らませた若者たちの姿が入庁式とか入社式でテレビで放映されていました。

 ところで団塊の世代がクローズアップされてきました。 大量の退職者を出す警察や鉄道関係ではその対応に大わらわだとか。 ベビーブームの時代に生まれた方たちです。 職場を離れていく人たちにとって、第二の人生をどう生きるか、これは大きな問題ですね。


 過去を振り返って

 私は今、関西に住んでおりますが関東の出です。 茨城県の水海道という片田舎に生まれ育ちました。 最近は水海道市となり首都圏のベッドタウンとして大分発展(?)して来ているそうですが、当時は本当に片田舎でした。当時のことを思い起こすとその頃は結構楽しかったです。 魚を釣ったり、ドッジボールに興じて家族のものがえらい剣幕で迎えに来るまで遊んだりして……
 ところで私も80歳の老人になりました。
時代は移り、戦時色が濃くなってきた時、多くの人が田舎へ田舎へと疎開する様になりましたが 私たち家族はわけがあって東京へ移り住むようになりました。 私はやがて軍隊生活のため東京を離れましたが、終戦で家族と一緒になりました。 私はこの東京で福音に接し、初めて聖書に触れました。 「この本は聖書といって神様からのメッセージ(よきおとずれ) なのです」と聞かされた時、 聞くは一時の恥とばかり集会に出席し福音なるものに耳を傾けました。 そこで目に留まったものは 『だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。 古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。 これらのことはすべて、神から出ているのです。 神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、 また和解の務めを私たちに与えてくださいました。』(コリントU5:17-18) 私たちのような片田舎の人間が東京のど真ん中に住んでいることも不思議ですし、 それにあの激しかった東京大空襲にもみな無事であったことは奇跡としか言いようがありませんでした。 そしてこのように福音なるものに接したことは神様の導きとしか思えませんでした。


 新たなる人生

 「クリスチャンには二つの誕生があります」と聞かされた時よくわかりませんでした。 先に触れたように私は関東の出です。しかし今は関西に住んでいます。 聖書によると関東、関西を問わず、いずれの国籍の者であっても性別に関係なくキリストにあるならば新たに造られた者です。  肉の誕生が第一とするならば私はキリストにあって新たなる人生を送っています。

『幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。』(詩篇1:1)

悪者のはかりごと、罪人の道、あざける者の座、この三つは神のみ前に正しく歩もうとしない、 つまリ神に背を向けて歩む的外れの人生を三様にふれていることです。 「人間は元来神のみ前に正しく従って歩むべきなのに、神以外のものに向かって歩むところに不幸がある。 これが聖書のメッセージです。」と聞かされました。

 思えば神様を知らず、神様を無視し、神様に逆らった人生を歩んでいたこの私に、 神様はキリストによってご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。
人生にはいろいろな問題がつきまとっています。決して平坦な道ばかりではありません。 私事の経験ですが、私なりの困難や苦しみに遭う人生でした。 しかし神様の導きにより福音に接し、イエス・キリストを信ずる信仰により新たな人生を与えられました。 神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。

新たなる人生を目的に向かって歩んでいます。あなたも新たなる人生の第一歩を踏み出しませんか。
『あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。 わざわいの日が来ないうちに。 また「何の喜びもない」と言う年月が近づく前に。』(伝道者の書12:1)