憐れみの器 

憐れみの器

 イエス様が御在世当事、パリサイ人は収税人や罪人と食卓の席についておられたイエス様に対して、罪人と交わっておると非難を浴びせました。
それに対して『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」と語られました。 
当時パリサイ人は律法の専門家であり己を義とするものでした。あのような人種とは交わることが出来ない、これが彼等の考えでした。

 彼らがあなたがたに言うことはみな、行い、守りなさい。けれども、彼らの行いをまねてはいけません。彼らは言うことは言うが、実行しないからです。また、彼らは重い荷をくくって、人の肩に載せ、自分はそれに指一本さわろうとはしません、と彼らの偽善に対して痛烈に非難しました。
 ユダヤ人は神様の選民として神様の栄光のために選ばれた人種でした。しかし彼らは罪 (驕り、高ぶり)の故に退けられました
イエスはガリラヤ全土を巡って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいを直されました。イエス様のうわさはシリヤ全体に広まりました。それで人々は、さまざまな病気や痛みに苦しむ病人、悪霊につかれた人、てんかんの人、中風の人などをみな、癒されました。イエス様は病めるもの弱いものの友となられたのです。

神は、このあわれみの器として、私たちを、ユダヤ人の中からだけでなく、異邦人の中からも召してくださったのです。(ローマ人への手紙9:24)


あなたがたの召しのことを考えてごらんなさい。この世の知者は多くはなく、権力者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。(コリント人への手紙第1 1:26〜27)

あなたがたは、選ばれた種族、王である祭司、聖なる国民、神の所有とされた民です。あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です
(ペテロの手紙第1 2:9〜10)


私はこの世にあって弱いものであり、愚かなものであり、知恵のないものです。まして神様のみ前に全く価値のないものでした、しかし神様の憐れみにより信仰が与えられ神様に仕える器として日々を送っております。神様の憐れみと兄弟姉妹の祈りに支えられております。希望は失望に終わることがないと日々喜びをもって歩んでいます。
感謝

私事ですが
 さて、私は胃癌摘出手術のため1月21日入院し丁度1ヶ月の入院生活の後2月20日退院致しました。幸い早期発見のため、癌そのものも小さく手術は成功し、今は順調に回復しつつあります。昨年11月、市の集団検診がありそこで発見されました。毎年受診しておったのですが、今回初めてです。手術前お医者さんから癌についての説明と注意事項の話があり、治療法には二つがあります、薬による治療と手術がありますが、薬では長い期間かかり完全に治すことは出来ません、その間年齢を重ねていきます、手術の場合リスクはあるけれども治りが早い。荒井さんの場合、高齢者でありペースメーカ-が入っていることで不安はありますが、これがお医者さんの所見でした。私は結果を主にお委ねし同意書にサインをして手術を受けることにしました。
1ヶ月間の入院期間中、主様の憐れみと兄弟姉妹方の熱き祈りに支えられておったことを痛感致しました。
「希望は失望に終わることがない」

日々感謝